NEW LIFE「自作自演の演歌」宮口精二(俳優)
三年前のデビュー≠ナある。
曲名は「老いらくの恋」。
おたまじゃくしにはまったく弱いので、ふつうは詞が先に生れるのだが、このデビュー曲はメロディが先に浮かんできた。
僕の所属する東宝演劇部に音感のいい女性がいて、すぐに僕の口ずさむとおりに楽譜を書いてくれる。
老いらくの恋の焔は
聖エルモの青い火か
いえ いえ
それよりも儚い火
夜を昼と欺く
銀座のネオンの灯…
まあ、こんな具合に続くのだが、これが僕のよく行く飲み屋では受けている。まだある。「照る日曇る日」「竜飛崎」等々……。演歌が多い。
大正二年生れの僕の青春演歌≠セ。この自作の演歌なら、しらふでも歌う。たとえ結婚式のおめでたい席でも、演歌で迫るのだ。もともと歌には縁のない人間だったのだが、自分で作るようになってからは、相手かまわず、ところもわきまえず歌うようになった。
「老いらくの恋」などというと、女房に叱られそうだが、まんざら経験がなくて作れるものじゃない。
どんな経験か…。
この前のストの時、仕方なく嫌いな飛行機に乗った。なぜ嫌いかというと、煙草がゆったりと吸えないからだ。僕はヘビースモーカーで、ショート・ピースを一日四十本は吸う。これが嫌煙権だとかで近頃はうるさい。とくに飛行機は座席がピッタリとくっついているので、よけい気を使う。
この時は、隣席に若い女性が座った。禁煙のサインが消えてさっそく吸おうと思ったが、隣りが気にかかる。「吸っていいですか」とたずねると、「ええ」とこたえる。感じがいい。次に飲物がでた。紅茶である。いつもカバンに入れてあるウィスキーの小ビンを出して、少したらしながら、「あなたもどうです」とすすめる。
すると、「結構です」という返事。これも実にいい感じだった。この時、またひとつ詞ができたと思った。「老いらくの恋」パートUだ。
もっとも創作ということでは、中学時代はこう見えても文学青年だったし、文学座の創立者である久保田万太郎や岸田国士の影響も受けて、昔から好きだった。
この隠れた才能≠ェ、いま甦ったわけだ。どんどん歌を作って、僕の好きな森進一に歌ってもらいたい。いや、彼がA面、僕がB面を歌ってレコードを出したら売れるだろうと思うのだが、どうも、いまだにレコード会社からのお誘いはない。
『週刊文春』78年6月8日P70より。